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『ぼく、ドラえもんでした。涙と笑いの26年うちあけ話』(大山のぶ代)

 TRFのライブに行って大満足して帰ってきたのに 『よからぬブルース メーテル』篇を見たら全部上書きされてしまいました。台無しだよッ!
 アニメのチカラって怖いですね。

 というわけで、26年ドラえもんだった大山のぶ代さんが、そのドラ人生を振り返るエッセイ。
 ある世代からの日本人の共通言語『ドラえもん』が、どんな人たちによって、どんな環境で、どんな想いで作られてきたのかが分かるドラえもんアニメ史。こういう想いを込めて作られた作品で育ってこられたというのは、幸せなことだったと思います。
 読みながら思ったのは、本当にこの人の人生はドラえもんと共にあったんだ、ということ。ドラえもんになりきって、ドラえもんを引っ張って、ドラえもんに励まされて頑張ってきたんだなと。
   読み終えて思ったのは、いまでも大山さんは「ドラえもんのお母さん」なんだ、ということ。ドラえもんは次の世代に受け継がれたけど、どこかに行ってしまったわけではないということでした。
 長編ドラ見たくなってきたな。

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